デジタルに没入する毎日から少しずつ紙媒体の本を読もうと努めています。
本は文字文化。
その文字を目で追い脳に文字を送り込むと脳では映像化して見せてくれます。映像を見ての文化とは違います、脳を働かせている感じがとてもいい。
今回、選定した本は「翠雨の人」というタイトル。
実在した日本人女性の科学者 猿橋勝子さんの物語です。
大正九年生まれの猿橋さんが生きぬいた日本の時代背景は、女性の科学者にとって苦難の時代だったようです。
幼い少女時代には「なぜ、雨が降るんだろ?」という疑問をもち、そんな疑問を解消しようと理系の学問の道に進んだようです。

そして帝国女子理学専門学校に進学、持ち前の研究熱心から才能を発揮し指導者から認められる存在になりました。卒業後、中央気象台に嘱託として採用されて技術職の見習いとなります。
その時代は太平洋戦争の日本。
軍部の仕事で気象調査などを行います。男性が兵役でいなくなる中、仕事に励んだようです。
広島、長崎に原子爆弾が投下されて放射能汚染物質の研究へと進んでいきます。
終戦後
南太平洋でのアメリカの原水爆実験による大気汚染、原爆症の実態や被害などをアメリカは公表せず「被害はない」などと嘯いていました。そこで日本は独自に研究をしていくしかなく猿橋さんは海水の放射能汚染物質を測定する方法の研究を重ねていきます。

大国は実験する原水爆実験を「きれいな水爆」と出張する中で、雨水に含まれる放射能汚染物質の測定研究を進め、放射能雨を検出することに成功します。
そんな中、アメリカ原子力委員会は日本の研究数値には疑問を呈し、アメリカに来て日本の研究方法を確認したいとう依頼が届きます。
なんと猿橋さんは一人で単身アメリカへ渡り、アメリカの研究者と海水から放射能汚染物質を検出する手法について、アメリカと日本の方式のどちらが正確に導き出せるかのテストをすることになります。
猿橋さんに与えられた研究施設はボロボロな小屋のようなものであり、手伝ってくれる人もいないというハンディキャップを背負っての勝負でした。
結果、猿橋さんはアメリカの研究者に勝ち、その研究者と共同で論文を発表します。その後、アメリカは原水爆実験を中止します(中止の理由はさまざまあるでしょうが、この論文が一つの理由になったことは否定できないといいます)

生涯を研究に打ち込んだ猿橋さんの物語です。
NHKの朝ドラにヒロインになってもよいくらいの人生だったのように感じました。
読みながら、頭の中で朝ドラもどきの映像がイメージされて、読み進められました。
健康ダイジ 
