物事を学ぶ心得を書いた本居宣長の言葉

本居宣長が弟子たちに請われて書いた古学の入門書があります、本居宣長とは江戸時代の国学者で古事記の研究者で有名な方です。

その彼の本の題名は「うひ山ぶみ」というものです。どういう意味かというと「初めての山歩き」という意味らしいです。

学問を学ぶ人たちがお気に入りの言葉だという文があります、ご紹介いたします。

【原文】詮ずるところ学問は、ただ年月長く倦まずおこたらずして、はげみつとむるぞ肝要にて、学びやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかかはるまじきこと也。いかほど学びかたよくても、怠りてつとめざれば功はなし。[…] 不才なる人といへども、おこたらずつとめだにすれば、それだけの功は有る物也。[…] 才のともしきや、学ぶことの晩きや、暇のなきやによりて、思ひくづをれて止むることなかれ。とてもかくても、つとめだにすれば出来るものと心得べし。すべて思ひくづをるるは、学問に大きにきらふ事ぞかし。

これはどういう意味かをみていきたいと思います。「学問は、ただ年月長く倦まずおこたらずして、はげみつとむるぞ肝要にて、学びやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかかはるまじきこと也。」この部分を意訳すると学問というのは、簡単にいうと年月をかけて飽きたり怠けたりしないで努力してやることが大事だよ!といっています。

どんな学びでも怠るとその効果はないよ!ということです。

「学ぶことの晩きや、暇のなきやによりて、思ひくづをれて止むることなかれ。」この部分は学ぶのが遅いとか時間がないなど言い訳をして途中でやめてはいけないということです。

もっとも至極当たり前のことが書かれていますが、改めてこの言葉を目にするとこの大事なことを守っていない自分が恥ずかしくなります。

なんだかんだと言い訳を言葉にして怠けてしまう、こんなことではやりたいことが成就するはずはありません。

学ぶこと、練習することになんだかんだと言い訳を付けているうちは上達はしません。努力なしに上手になることはないことを心に止めておくことが肝心ですね。

昔から人間は同じことで悩んでいるんですね。時代は変わっても人間は変わっていないということでしょうか。

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