職場の代表社長が亡くなった

突然の出来事です。11月30日の夕方お亡くなりになったようです。

この職場に就いて一年8か月目の出来事です。職場は社長と従業員3名でした。会社のことは当然社長が方針や経営を担っていました。

受注や製品づくり、発送などはほとんど従業員が担っていました、しかし、会社トップとしていろんな悩みがあったと思います。

この会社は、2024年1月1日に発生した能登半島地震により珠洲工場が被災をしました。

工場が稼働できなくなったのです。製品づくりができなくなり、今後どうするのかと話し合いしたのも2024年1月でした。

2月に入り社長は入院。

心労も含め体調不良が重なり約一か月の入院でした。

その間、従業員で話し合い。まずは製品づくりの原料を手に入れないといけないということで同業他社に支援を求めることを決めました。

支援先を能登町ふれあい公社様と決め訪問をしました。

その会社の社長は原料の支援を快諾してくれましたので一年間、製品づくりを細々と継続することができました、ほんと感謝の気持ちでいっぱいです。

あれから、10カ月目の出来事です。

大きな問題は社長が逝去されたことで、会社をどうするか?ということなんです。

身内の方々は事業には関与されていなかったので知識もゼロの状態。

残された従業員の後処理としては、誰がどう決めていくのか?

会社として契約していた保険もあります。これは会社が受け取りになっているので誰かが代表社長になっていかないと保険金も下りないということなので身内の方に仮にでも引き継いでいただき、会社を解散するなりにしてもらいたいものです。

事業を継続するのであれば、固定顧客もいらっしゃるので継続は可能かと思います。

しかし、そんなことも身内の方々は知りません。

この会社をどうするか?

曖昧なままで私たち従業員は海原に浮かぶ小舟で波と風に揺れている感じです。

毎日がもや~とした中で過ぎていきます。

まさかこんな状態で2024年を締めくくるとは・・・・。

でも頭の中で少しあったことがあります。それは変化の時がやってくるのではないかという予感です。

予感が的中でした。やりたいことをやって楽しんできた2024年でした。年の終わりを間近にして変化の時がやってきたのです。

まさに世の中は無常の世界です。常に同じことは長くは続かないのだと改めて思いました。

どんな変化にしろ、受け入れて新しい状態に感謝をしつつ前へ進むことが人生なのだと思います。

仏陀の教え(例え話)に人生は大海原に浮かぶ丸太にすがり浮いているものだといいます。

丸太は半分は海面に出ています、半分は海の中です。風や波でその丸太はクルクル回ります。今、海面かと思えば海の中に沈みます。また、海の中かと思えば再びクルッと回り海面に出ます。

いい時も悪い時も決してずーっと続くものではないのです。

調子よくて浮かれているとアッという間に丸太は回り、海の中に沈みます。

人生はそんなものだと理解して前へ進まないといけません。

会社がどうなるか、成り行きに任せるということも、自分から働きかけるということもあります。身内の人がどう決断するかで流れは変わります。

2024年年末のこの時期、ジタバタしてもダメです。静観をしつつ次に自分がどう動くべきかを見極めていきたいと思っています。

社長は突然死のようにも見えますが、普段接しているものとしてはついに来たか、というのが実感なのです。普段の様子を見ていると不健康な状態がずーっと続いていました。病名は話をされませんでしたが見た目に肝臓が悪いように見えました。

顔色、だるそうな感じ、一年間に4回も入退院を繰り返していました。治そうという意識を残念ながら感じられませんでした。

健康的な商品を販売する側としては、いかがなものか?と疑問に思いつつもいましたが、来るべき時が来た!というのが実感なのです。

健康とは一長一短に変化するものではありません。長い年月の食事、普段の行動、考え方があって健康になると思います。

まさに「健康はすべてではないが、健康を損なうとすべてを失う」のです。

事業も、やりたかったことも、家族もすべてを失います。

まさに健康ダイジだと改めて思いました。

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